2015年12月19日土曜日

本当の自由化とは?

法曹とは関係ないが、日本人が誤解しやすいことを話したいと思う。

規制緩和、自由化と言う言葉に弱い日本人であるが、本当の意味の規制緩和、自由化の意味を知ったら、明らかに反対するであろう。規制を緩和又は廃止して自由化を認めると言うことは、個々のビジネスが、自己の利益を最大にすることを許すことである。利益を最大にしようとすると、下記のようなことが起こる。


日本人であっても、飛行機のチケットを購入する場合に、出発日と帰国日によってチケットの値段が違うことや、旅館やホテルの一泊の料金が、土曜日の宿泊料金が、月曜日の宿泊料金より若干高くなると言うことには、ある程度納得しているであろう。

しかし、アメリカの長距離列車やホテルのような価格変動が規制緩和の行き着く先だと知ったら、規制緩和には反対するであろう。代表的なホリデーやコンファレンスなどのイベントの予定や、購入する時期、空きがどれくらいかである等、様々な情報をアルゴリズムを使ってコンピュータが綿密に計算して、一番儲かる価格をわりだすのである。同じ行先の同じ電車の同じレベルのチケットを、私は70ドルで購入したのに、他の人は、混んでいる時間帯に利用するというだけで200ドル以上で購入していたこともある。直前に購入した人は、1か月以上前に購入した私より、3倍の値段を支払っていたこともある。大きなコンファレンスがある場合、同じホテルの宿泊料が3倍以上になるのも珍しくない。


日本人の常識から考えられない事例は、ハイウェイである。ハイウェイに無料のラインとエクスプレスラインがあり、途中から分かれている。エクスプレスラインの料金は変動制となっていると言うのはアメリカでは珍しくない。変動制の場合、車に装着した、機械によって料金がチャージされる仕組みになっている。現時点での料金が大きく掲示板に記載される。ハイウェイの無料のラインが朝晩の混雑する時間帯は、有料ラインは20ドル~30ドルすることもある。ハイウェイの無料ラインがあまり混雑していない時間は、5ドルくらいと安くなる。これによって、ラッシュアワーは30ドル払ってもどうしても早く目的地に行きたい人だけが、エクスプレスラインを利用することになる。すると、エクスプレスラインは必ず、無料のラインより混雑していないという状態を作ることができ、その分、混雑していない時間帯の6倍の費用をとることによって、収益を得ることができる。
これも、すべて、ハイウェイの各所に備え付けられたモニターとアルゴリズムを使ったコンピュータによって、達成されている。


上記に記載したのは、ほんの一部の例に過ぎない。規制を緩和または廃止して自由化に舵をとると、日本人の常識から考えて許されないと思うようなことが起こると言うことをしっかりと認識しなければならない。

2015年11月19日木曜日

新人アソシエイト弁護士に一言

頭が良くて、成績優秀で、試験が得意で、有名大学や有名ロースクールを優秀な成績で卒業し、大手事務所に就職できたとしても、パートナーに使ってもらい易い弁護士にならなければ、最初の大きな挫折を味わうことになる。つまり、パートナーから仕事をもらえなくなり、事務所内で事実上失業し、結果的に事務所を辞めなければならなくなる。


最近、事務所内のパートナー弁護士から、オーバーフローしている仕事があったら、アソシエイトのトム(仮名)にAssignしてくれないかと頼まれた。

「ここだけの話だけれどもクライアントが少し仕事を減らしてきて、トムを十分に忙しくするだけの仕事がないんだよ。」と言われて、
「そう言われても、既にデビット(仮名)とボブ(仮名)に仕事をやってもらっていて、それで十分足りているから、トムにAssignする仕事はないなあ。でも、心に留めておいて何かあったらトムに回すから。」と答えた。

そんな会話をしていたが、心の中では、「いやあ、トムは使いづらいから使いたくないなあ。この仕事に〇〇時間以上かかる時は、事前に私の許可をとるようにというと、必ず、ぎりぎりいっぱいの時間をつけてくるし、以前間違いを指摘したら、最初の私の指示の方が悪かったから間違ったと、私を責めたこともあるし。能力はないわけではなんだけれども最近は使うのを極力避けているんだけどなあ。」と思っていた。


事務所のある部署で扱える仕事量のキャパと、実際の仕事量が、イコールになることは滅多にない。仕事量がキャパを超えているか、キャパが実際の仕事量を超えているかどちらかである。仕事量がキャパを超える場合、仕事が遅れ遅れになって、クライアントが逃げていくことがあるので、直ぐ人を雇う。キャパが仕事量を超えている場合、誰かを辞めさせなければならないが、誰を辞めさせるかという話になる。その際、仕事量が少ない弁護士が標的になる。だから、仕事を頼まれやすい弁護士になることが必要なのだ。

能力がないアソシエイトに仕事を頼みたくないのは当然だが、ある程度の能力があれば、人間的に仕事を頼みたいと思うアソシエイトについつい仕事を頼んでしまう。快くにっこりと、「もちろん喜んでやりますよ」と引き受け、仕事の期限を守って、クライアントの前ではパートナーをたてて、パートナーを差し置いてクライアントに直接連絡をとることはなく、パートナーの間違いを責めたてることもないアソシエイトに。

使ってもらい易いアソシエイトになることは、事務所で成功するための第一歩である。








2015年10月15日木曜日

日本人は自由競争の意味を誤解しているのでは?

日本人は、自由競争の意味を誤解しているのではないかと思う。

自由競争をさせればサービスが向上して利用者の特になると誤解している人は非常に多い。
しかし、自由競争をさせると、サービスが向上するとは限らないのである。
例えば、電車は時間通りに来なくなったり、ちょっとしたことで停電になる可能性を引き起こすのだ。

常に電車を1分たりとも遅れないように運航するには、お金がかかる。しかし、電車を1分たりとも遅れないように運航したからと言って、それによって、乗客の数が極端に増えることはない。つまり、収益が大幅に上がるわけではない。かけたお金に比例するだけの収益増加が見込めないということだ。例えば70~80パーセントの割合でほぼ時間通り程度に運航していれば、乗客の数は減らないとしよう。鉄道会社がビジネスを優先して利益を最高にしようと思ったら、70~80パーセントほぼ時間通りに電車を運行するのが、最も効率的でということになる。
アメリカを走っているアムトラックは、70パーセントほぼ時間通りであると胸を張って宣伝している。さらに、人が多く乗る時間帯の料金は高く、また、直前にチケットを購入すると非常に高い。好きにビジネスをさせるとこうなるのだろう。利用せざるを得ない利用者がどこまで金を払ってくれるかを見ながら料金を吊り上げ、利用者の足元を見た商売をしている。代替手段であるバスや飛行機の値段を見ながら、客が代替手段に乗り換えない最大限利益が上がる料金はいくらなのかを計算しているのである。自由競争によって利便性が良くなったとは言い難い。


また、電気に関してであるが、アメリカは日本と違ってちょっとした大雨などでも停電することがある。さらには、利用者が少ない地域は停電後の復旧に時間がかかることもある。
日本では、田舎の方まで、コンクリートの立派な頑丈そうな電信柱が立ち並んでいるが、アメリカでは、少し郊外に行くと木でできた細い弱そうな電信柱が立ち並んでいる地域も多い。すべて立派なコンクリの頑丈な電信柱にする費用は高いだろうから、ビジネス的に考えると、丈夫な電信柱を立てたことによる費用とそれによって上がる収益とを綿密に計算するという発想になるのだろう。例えば、すべてを立派なコンクリートで作った場合と、人口の多い都市部だけ丈夫な電柱を作り、人口が少ないエリアについては、簡易な電信柱を立てておいて、何か災害があった時に壊れた部分のみを復旧させる場合を比較し、後者の方がコストパフォーマンスが良いということになれば、すべて立派な電信柱にする必要はないというビジネス判断をくだすことになる。その代り、人口が少ないエリアに住む人は利便性が失われる。

結局、停電のリスクを、一部利用者に負わせることで、利益を最大限にするのである。


自由競争をされることで利用者の利便性が高くなるのは、様々な条件が重なった特別な場合の例外にすぎず、多くの場合は、自由競争をさせることでビジネス判断によって切り捨てられる利用者が必ず出てくるのである。


法曹界でも同じである。自由競争を促進したからと言って一般国民の利便性が高くなるわけではない。事務所が高いリーガルフィーを支払える企業に対するサービスを重視するのはビジネス的に考えれば、正しい判断になるからである。

2015年10月14日水曜日

借金なしで、大学を卒業するには?

アメリカの大学の学費は、他の物価と比較して考えられないほど高騰している。

子供が生まれたら、生まれたその日から大学に入学するまで毎月毎月450ドル(1ドル120円で計算して5万4000円)ずつ蓄えないと、借金なしで子供が大学に行くことはできないそうだ。月5万4千円である。子供が二人いたら月10万8千円になる。
450ドルというのは、現在の学費に基づく計算であり、もし、学費がこれ以上に高騰したら、月々450ドルでも足りないかもしれない。

また、近い将来、大学に入学する人の10人中7人が学生ローンで苦しむという予想もされているらしい。


学費は、教育のためのコストとは関係ないビジネスの観点から決められていることも多いようだ。
同僚とアメフトの話をしていた際、「〇〇大学は、アメフトが強くなって大学に人気が出たから、最近学費をかなり上げたみたいだよ。」というので、人気が出ると学費が上がるのかと聞いてみると「需要と供給だよ。需要が高くなれば、学費をあげても学生は入学するんだよ。」

日本人の感覚からすれば、理解に苦しむ。


教育は、将来のチャンスをつかむための大事な基礎である。
しかし、その教育を受けるための学費が高騰して、大学を出るころには借金漬けになる学生が多い。

日本は、そんなアメリカを追いかけているように見えるが、将来は大丈夫なのだろうか。

2015年10月5日月曜日

インハウス弁護士になる前に、まずは法律事務所で

日本で司法試験に合格して弁護士として就職先を探す人に一言助言したい。

たとえ将来的にはインハウス弁護士になりたいと思っていても、もし就職先が見つかるのであれば、最初からインハウスではなく、一旦は企業法務をやっている法律事務所で働くことをお勧めする。

企業法務をやっている事務所であれば、法律事務所に勤めた後に、インハウスに移ることは比較的容易である反面、インハウスの弁護士として働いた後に法律事務所に就職すると言うのはかなり難しい。しかし、インハウス弁護士になるのであれば、法律事務所で働いた経験は必須である。


一旦インハウスに入ってしまうと、法律事務所の厳しさについていけないことが多い。
その最大の理由として考えられることは、法律事務所の弁護士は、事務所という団体内で金を稼ぐ部門としての位置付けであり、インハウスの弁護士は、会社の中で他に稼ぐ部門があってその部門のサポートという位置付けだからではないかと思う。


法律事務所では、弁護士が稼いだ金で、家賃、人件費、広告宣伝費等すべての経費が支払われる。さらに、法律事務所の弁護士は、通常の会社で言うところの、製品開発、製品改良、製品製造、営業部門すべてを支えている。法律事務所の弁護士は、自分の給料分と事務所の経費、更に利益を出せるだけ金を稼いでこなければ、法律事務所にとって意味がないので外に出されるのである。アメリカでは一般的に給料の3倍の額をクライアントにチャージできるだけの稼ぎが必要と言われている。もし、年間に1500万円の給料をもらうのであれば、クライアントにその3倍である4500万円の請求書を出せるだけの仕事を完成させなければならない。請求書は出せば良いと言うものではない。クライアントが怒って支払わないとか、今後仕事を頼まなくなるような請求書はだせないのである。5時間しかチャージできない仕事に、仕事が遅くて10時間かけてしまったら、オーバーした5時間は、その弁護士が土日などに働いて埋め合わせるしかない。

これに対して、インハウスは、他の営業部門で稼いでくるお金で支えられている経費の部門である。つまり、法律事務所であれば、会計の部門等と同様の位置付けである。法務部本体で稼いできて採算をとったり、利益をだしたりすることを期待されているわけではない。外部の弁護士に依頼していることを制限して、全体として会社の経費を減らすことや、他の営業部門が行っている業務の法的な危険を回避して将来に生じうる経費を減らすこと等を期待されている。

同じ弁護士ではあっても、団体の中での位置付けが全く違うのである。稼いで来いという時間や金額のノルマがあって、金を稼いでこないと解雇される危険のある弁護士と、削減する経費の明確なノルマがあるわけでも、経費削減ができなかったら解雇される危険を背負っているわけでもない弁護士とでは、その働き方が大きく異なる。弁護士の競争が激しくなってからは、金を稼いで来いという法律事務所の厳しさはことさらである。

インハウス弁護士を法律事務所が雇おうと言う場合、そのインハウス弁護士が働いていた会社を事務所のクライアントにしたいという下心がある場合が一般的である。もし、その下心が全くの外れに終わったら、その弁護士は解雇される可能性が高い。


そこで、企業法務をプラクティス分野としている法律事務所からインハウスに移ることはできても、逆はかなり難しい。
しかし、インハウス弁護士として外部の弁護士を上手に使ったり、外部の弁護士を使わずにインハウスの弁護士のみで処理しようと言う場合、法律事務所での勤務経験は非常に重要である。何故弁護士がこのようなことをするのか、そうさせないためにはどのような対策が必要か等ということは、企業を扱うある程度大手の法律事務所で働いたことがなければ分からない。

そこで、もし、企業法務をプラクティス分野としている法律事務所に就職できる機会があるなら、たとえ最終的にはインハウスの弁護士になりたいと思っていても、まずは、3年~5年程度、法律事務所で働くことをお勧めする。
最近の国際化社会に鑑みれば、インハウス弁護士も海外の弁護士や企業と接する機会も増えている。留学してからの方がインハウス弁護士として採用されやすくなる。


ただ、マチ弁からインハウス弁護士として採用されることは難しいので、インハウス弁護士になりたいと考えている人はマチ弁事務所に就職するのはお勧めしない。

2015年9月21日月曜日

下位の法科大学院は、法科大学院制度に反対した方が大学の利益になるのでは?

今回はアメリカとは関係ないが、一言述べておきたい。


法科大学院制度が発足した時に、多くの大学が法科大学院を設置することに躍起になっていた。法科大学院という制度ができたのに、自分の大学に法科大学院がないと、大学の法学部の意味がなくなり、法学部の意味がなくなると、法学部に人が集まらなくなり、総合大学と言えなくなると心配したのだろう。

現在、下記の文部省の類型と分類によると法科大学院の実に半分以上の27大学が下二つのレベルに分類されている。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/012/siryo/__icsFiles/afieldfile/2014/09/24/1352164_10.pdf

早い話、文部省としておすすめできない法科大学院とのレッテルと張られた大学が半分以上もあると言ってよいであろう。このようなレッテルを張られた法科大学院を持つ大学は、そのことで、他の学部までもが、足を引っ張られて、大学全体としての評価が下がる可能性がある。
つまり、現在、かなり高い偏差値の学部もあるのに、法科大学院に対して国が張ったレッテルによって、それらの学部の評価も下がる可能性がありうるのではないか。

ビジネス感覚のある大学であれば、法科大学院に金をかけて文部省の評価をあげる努力をするより、法科大学院を閉鎖して他の学部を少ないお金で充実させる方がよっぽど見返りがあると考えるであろう。

しかし、最初の話にもどるが、法科大学院制度があるにもかかわらず、自分の大学に法科大学院がないと言うことになると、法学部の人気が下がり、総合大学と胸を張って言えなくなる危険がある。明治時代に法律学校として成立した大学など、その看板学部である法学部を維持するためにも法科大学院制度が存続し続ける限り法科大学院を閉じるわけにはいかないだろう。
そこで、他の学部の評価までをも下げかねない法科大学院を維持し続け、その法科大学院の評価を上げるために、効率が悪いにも関わらず補助金が減らされてもお金をつぎ込まなければならない。

それだったらいっそのこと、法科大学院という制度自体になくなってもらった方が、大学全体の経営という観点から見た場合に、よっぽどありがたいのではないだろうか。


私がそのような大学の大学関係者だったら、法科大学院制度自体を廃止するように働きかけるだろう。
その代りに、法学部に外国のロースクールに留学したいと思っている人たちのためのカリキュラムを導入した特別学科を作り、今の御時世、日本で弁護士資格を取っても意味がないので、海外で法律を学べる基礎を作れるような科目とノウハウを学べる特別な学科であると言って人を集めるだろう。

現状では、下位27校の法科大学院を経営する大学は、法科大学院制度自体を廃止するように働きかけた方が大学全体としてみれば利益が大きいのではないかと思うのは私だけだろうか。



2015年9月5日土曜日

日本の弁護士の業務拡大の必須条件は

日本で、弁護士の業務拡大を叫ぶ声が多い。ただ、今のままの制度では、弁護士の業務が拡大するとは思えない。弁護士登録抹消者を増やすだけである。

弁護士の業務拡大に必要なのは、二つ、①弁護士会費を年間5万円程度に下げることと、②海外を業務の本拠地とする弁護士登録を認めることではないだろうか。


まず、①についてであるが、現在、地域によって金額の違いはあるが、弁護士会費は年間60万円から100万円程度である。10年間支払い続ければ600万円から1000万円である。個人で負担するにはあまりにも額が多い。会社が5人の弁護士を雇って、弁護士会費を会社で負担した場合、年間300万円から500万円を負担することになるが、こうなると、人を一人雇うのに匹敵する負担になる。

こうなってくると、本当に弁護士登録をしなければ仕事ができない業務をやる弁護士以外は、弁護士登録を続けるのか、弁護士登録を抹消するかという選択を迫られることになる。
拡大された弁護士業務というのは、本来なら弁護士登録をしなくてもできる仕事がかなり含まれるはずである。弁護士業務を拡大するためには、弁護士会費を下げることで、弁護士登録を抹消するかという悩みを解消する必要がある。弁護士会費を下げることは、中規模の企業が弁護士を雇いやすくするためにも重要である。大企業でも、法務部には弁護士資格を持っている人しか雇わないといい始める会社が増えてくるかもしれない。


次に②についてであるが、これだけグローバル化が進んでいるなか、日本の弁護士会は、弁護士登録のために日本の住所を使わなければならないとは、驚きである。同じく日本の強制加入団体である弁理士会は、海外の住所で登録することを許しているようだ。弁護士会には、日弁連と各地域の単位会があって、その単位会によって弁護士会費が決まってくる。日本のどこに住所があるかでどの単位会に強制加入しなければならないかが決まるので、弁理士会とは違うのだと言うのかもしれない。しかし、海外にいる弁護士は、日弁連にだけ加入すればよいなど制度を変える方法を模索できないのだろうか。さもなければ、日本の弁護士登録が仕事上必須でなければ、弁護士会費の高さとあいまって、登録を抹消するだろう。実際そうやって登録を抹消した弁護士を何人か知っている。弁護士業務拡大を叫ぶ弁護士会は、弁護士がグローバルに働くことを掲げてることが多いが、日本の弁護士会の制度は弁護士がグローバルに働けないような制度になっているのである。自己矛盾である。


結局、弁護士業務拡大を主張している弁護士会は、弁護士会自体が弁護士業務拡大の障害になっていることを気づいているのだろうか。



2015年9月1日火曜日

マチ弁から足を洗った理由

私が司法試験に合格したのは、修習が2年間だったころである。司法試験に合格すれば一生安泰と言われ、就職活動イコール法律事務所に食事をご馳走になることであった。また、司法試験に合格したと言えば、周りの人が「すごいですね。」と2歩、3歩下がって驚いてくれた時代である。当時はこれで食うに困ることはないだろうと思っていた。

しかし、2000年に、驚く出来事が起こった。ロースクールと3000人合格を推進するという決議をするための、東京の弁護士会館のクレオの総会の様子は、今でも鮮明に覚えている。普段であれば、委任状を出すだけの地方の弁護士たちが、この時ばかりは東京に集まった。クレオの会場に入りきらない弁護士が会場の外に溢れだし、会館の1階には特別のテレビが設置され、会場の様子が映し出された。日弁連会長を推した派閥が、決議に賛成すると決めた以上、弁護士会派閥支持者によってこの決議が可決されるのは皆承知している。しかし、「お願いだから一言いわせてくれ」と、地方の弁護士たちが地方の弁護士会を代表して、次々と発言していた。予定時間はもうとっくに過ぎている。私は30分程度しか会場にいなかったが、その時の地方からやってきた弁護士の様子は今でも覚えている。地方からやってきた弁護士は皆危機感があった。弁護士会派閥の執行部は、当日まで派閥会員に電話をかけて可決の票集めに必死になっていた。

この当時、既に弁護士になっていた者であれば、ロースクールができて、1年に3000人も合格すればとんでもないことが起きることは分かっていたはずである。しかし、一部には、まだまだ大丈夫という楽観論もあった。修習期間が2年から1年半になった時、52期は3月に修習期間が終わり、53期は同じ年の10月頃に修習期間が終わることになることで、1年間に1500人の修習修了者が発生して就職にあぶれるものが出るのではないかとささやかれていたが、就職にあぶれて困っている人がいるという話を聞くことはなかったからである。

もし、ロースクールと3000人合格計画が実行されたら大変なことになると直感した。
ただ、確信があったのは、ロースクールが始まってから5年は、まだ現状が維持されるだろうということだ。しかし、この5年間は、猶予期間に過ぎない。この5年が過ぎた後に徐々にやってくる、弁護士苦難の時代に備えて、今から何らかの対策をたてなければならない。さもなければ、食っていくのは難しくなるだろう。この5年間をどのように過ごすかでその後の一生が決まると。

そこで、マチ弁から足を洗うことを決意し、マチ弁以外で食べていく基礎を築くための計画を実行した。気が付くと、日本の弁護士資格を使って仕事をしていないことに気づいた。
いつか、皆が司法改革の誤りに気づいて、対策をたてる日が来たら、日本の弁護士に戻ろうかと思ったが、最近ではそのような日が来ることはないと確信するようになった。

驚いたことに、当時東京にいるほとんどのマチ弁から危機感のようなものを全くと言ってよいほど感じられなかったことだ。マチ弁たちは、弁護士苦難の時代が来るのを首を洗って待っているのだろうかと思うほどであった。

ロースクールと3000人決議の票集めのために、当日まで派閥会員に電話をかけて投票を呼び掛けていた弁護士は今頃になってあの時のことを振り返ったりしているのだろうか。






2015年8月24日月曜日

自分は特別で優秀な弁護士だ

最近アメリカでは、子供に、みんながトロフィーをもらえるという教育を実施しているようだ。例えばスポーツ大会で負けても、みんなが参加賞というトロフィーをもらって、誰一人負け組がいないとして、子供たちの自尊心を高めるという教育だ。ひどい場合は、スコアさえつけないのだそうだ。「あなたは、Special(特別)なのよ」と言って子供を褒めまくって育てるのである。

これが本当に子どもの将来にとって良いことなのか、悪影響の方が大きいのではないかということを扱っているテレビ番組があった。
この傾向が始まったのは1980年代の初めで、根柢には子供たちのSelf-esteem (自尊心)を高めることが子供の教育にとって良い影響を与えるというコンセプトがあるようだ。次第にこの教育は度を超えていき、現在の、参加すれば皆がトロフィーをもらえる、学校の成績も悪い成績をつけないという、極端な褒める教育へと発展したようだ。
しかし、大学に進学し、社会に出ても、I'm special(私は特別)と思ったままの人も多くなり、社会から悪い評価を受けると愕然とし、社会は私の真の能力について正当に評価していない等の不満を抱いたりするようだ。
さらに、生物学的にも多くの褒美をもらっていると、褒美を得るための努力をしなくなり、途中で諦めたり、集中力が続かなくなるという研究もあるようだ。


ふと思い出したのが、アメリカの「自分は特別で優秀弁護士だ」と吹聴する弁護士の数の多さである。しかし、そう言っている弁護士が優秀とは程遠い弁護士であるということは多い。

もしかして、このようなアメリカ式の教育の副産物なのかと考え込んでしまった。
最近のみんながトロフィーをもらうという行き過ぎた教育によって、将来の弁護士は、「自分は特別で優秀な弁護士だ。私を選ばないクライアントが悪い。」とかと言い出すのだろうか。


これは、アメリカだけの話で終わるのだろうか。将来こんなことが日本でも起こるかもしれない。
入学者数を確保できない日本の法科大学院が、「あなたは素晴らしい、特別だ」と騙して間違っても優秀とは言えない人をロースクールに入学させ、司法試験の合格者数を確保する国策により下位の人までもが司法試験に合格し、素晴らしいと褒められ、法科大学院でプロセスを経た弁護士は最高であるとの教えをそのまま信じて、その気になったまま弁護士になり、クライアントがいなくても「自分は特別で優秀な弁護士だ。私を選ばないクライアントは頭が悪くて自分の優秀さを分からないんだ。」と思い込むことがあるかもしれない。



2015年8月20日木曜日

日本の法曹界がアメリカ化しているのでは その2

つづき

アメリカの弁護士を見ていて思うのであるが、親が成功している弁護士である場合、子供も成功している弁護士である場合が多い気がする。二世弁護士が成功する理由については憶測でしかないが、親が弁護士であれば、ロースクールに入る前からどうすれば成功するかについて情報を得ていることも一因であろう。特に重要な理由としては、親のコネを利用できることにあるだろう。アメリカでは、ロースクール卒業後に弁護士の資格が必要な仕事に就くこと自体が難しい。どんなに優秀な人であっても、司法修習もないアメリカでは実務経験を積めないことには、優秀な弁護士にはなれない。二世弁護士の場合は、この弁護士として必須の実務経験を積む機会を得られる可能性が二世弁護士でない人と比較して非常に高いのだろう。

日本でも二世弁護士が増えたと言われている。また、就職先が見つからなければ、親の事務所に逃げ込むことができる二世弁護士は、そうでない弁護士より実務経験を得られる可能性は高いであろう。つまり、成功する可能性は高くなる。


アメリカではコネがあるかどうかが、弁護士として成功していけるかを大きく左右する。

事務所にとって稼ぎが良い弁護士にならなければ、リーガルサービスの提供というビジネスを行っている法律事務所から放り出される。一旦大手事務所の外に放りだされると、ロースクールのための借金が返せなくなる。

事務所を儲けさせるためには、優良な企業を事務所のクライアントとすることである。優良な企業はそう簡単に依頼事務所を変えてくれたりしない。依頼事務所を変えさせるためには、何と言ってもコネが重要である。コネがあるというだけで、弁護士としての能力が十分でなくても、転職先はいくらでも見つかる。仕事をする弁護士の替えは見つかるが、クライアントを引っ張ってこれるコネがある弁護士の替えはそう簡単には見つからないからだ。

日本では、アメリカほど、コネが重要となっているかどうか分からないが、弁護士が増えて競争が激化すれば、コネで仕事を持ってこれる弁護士であれば、どの事務所も喉から手が出るほど採用したいだろう。


アメリカではマチ弁的な仕事は、法律関係の有名なウエブサイトによって浸食されており、弁護士の仕事が減っていると不満を述べている弁護士が結構いる。
アメリカで最近勢力をのばしているのは、Legalzoom.comというサイトである。内容はあまり良く分からないが契約の作成を自動で行ったり、弁護士にウエブを通じて質問たり、場合によっては弁護士の紹介もあるようだ。テレビのコマーシャルで、かなり宣伝している。

日本でも弁護士ドットコムというサイトがあるようで、簡単にウエブを通じて相談などができるようである。弁護士の数がある程度増えて、弁護士というだけでは仕事が来ないので、藁をもつかむ気持ちで営業に繋がれば何でもやると思っている弁護士が一定数以上いることが、このようなサイトを成功させる前提となるだろう。弁護士の増加で日本でもその前提条件が整ったわけである。


そのうち、日本でもアメリカのように弁護士を揶揄するジョークが出てくるのだろうか。それとも、弁護士の地位が下がりすぎてジョークのネタにもならない時代がくるのだろうか。



2015年8月11日火曜日

日本の法曹界がアメリカ化しているのでは その1

日本がアメリカ型のロースクールを取り入れて、日本の法曹界はどうなることかと見ていたが、ある意味アメリカ化してきていると感じる。

一般の人が日本の法曹界がアメリカ化すると言うと想像するのは、なんでも訴訟社会で、ちょっとしたことでも弁護士がすぐ訴訟を起こすというイメージかもしれない。しかし、ここで私がアメリカ化と言っているのはそういうことではない。


まず、アメリカでは弁護士が二極化している。10パーセントに満たないリッチな弁護士と、70パーセントを占める所得の高くない弁護士。リッチな弁護士の中には日本円にして億単位の稼ぎがあるものもいる。その反面、弁護士としての職にすらつけない弁護士資格保持者がゴロゴロしている。
ブランドイメージが高く、1時間弁護士一人あたり数万円から10万円請求する大手法律事務所があるかと思えば、派遣会社に所属しながら仕事があった時だけ派遣として働く弁護士や、弁護士として働くことを諦めた資格保持者もいるのである。

日本でも似たような現象が起こり始めている。今まで、弁護士になれば、弁護士の中では所得が低い弁護士であっても、そこそこ余裕のある生活ができた。しかし、現在では、一部のリッチな弁護士と、所得の低い弁護士の二極化が進んでいる。リッチな弁護士は億単位の稼ぎがあるので、平均すると弁護士の給料は高いということになるが、二極化している場合、平均値は統計的な意味は低い。


次に、アメリカではビジネス最優先主義である。金になるかならないかを重視する弁護士が非常に多く、一般的である。大手事務所にはMBAを取得した営業専門の人がいて、彼らは、事務所のブランドイメージを高めるために日々努力をしている。下手な安売り合戦などやらない。また、大手事務所になればなるほど、金になるクライアントと仕事を選んで引き受けている。

また、個人の弁護士レベルでも、そもそも、ロースクールに多額の学費を支払っても将来その投資が取り返せると思って弁護士になる者が多いので、投下資本回収というビジネス目的を弁護士になった時から持っている人が多い。ロースクールのための借金、2000万円程度を返しながら、さらに、住宅ローン、自動車ローンと3重のローンを抱えている人は多く、弁護士の稼ごうとするモチベーションは高い。

日本の大手事務所では、明らかにアメリカの大手事務所と同じような傾向がみられるようになった。事務所のブランドイメージを高める戦略が重視されるようになった。事務所ランキング、弁護士ランキングの順位を高めるための努力もしている。

今、期の若い弁護士の間では弁護士が営業活動するのは当然とみられている。弁護士業務イコールビジネス活動という考えが浸透している証拠である。営業活動をどうやってやるべきかという出版物を購入し、営業セミナーに積極的に参加する若手は多い。
借金を背負っての出発という新人弁護士が増えた。家も車も買えないぎりぎりの生活をしている若手弁護士も多い。営業活動を積極的に行って、金儲けをしなければというモチベーションは高くなっている。


つづく

2015年7月30日木曜日

クライアントの能力が弁護士評価能力の限界


知人が、クライアント能力限界説をとっているという。一言で言えば、クライアントの能力の限界が弁護士評価能力の限界であるというのだ。

弁護士がいくら良い仕事をしたとしても、依頼者にそれが良い仕事であるかどうかを判断できるだけの能力がなければ、依頼者は良い仕事であるとの評価をすることができない。オフィスが古いとか、仕事と直接関係ない要素に気を取られ、悪い仕事だと勘違いしてしまう危険がある。逆に弁護士があまり良い仕事をしなかったとしても、依頼者がそれを評価できるだけの能力がなければ、その他仕事と直接関係ない要素に騙されて良い仕事だという間違った評価をしてしまう危険性がある。

弁護士の仕事の評価は、クライアントの能力という厚い壁があって、その限界を超えることができないのだ。

私の知人がとっている説であるが、これに賛成する弁護士は多いはずである。だからこそ、弁護士の数を増やして自由市場で淘汰させようとしても、成功しないのである。

弁護士の能力を的確に評価できる依頼者がどれほどいるのだろうか。的確な評価をできる依頼者がいなければ、自由市場で淘汰される弁護士は無能な弁護士とは限らなくなる。







2015年7月25日土曜日

優秀だけれどもコネがない場合

優秀だけれどもコネがない人はアメリカの弁護士になって成功できるのかについて、一言述べておこう。

結論として、優秀であると言うだけでは、成功できない。コミュニケーション能力が高いことが必須条件である。さらに、運が良いことも必要である。


ここで言っているコミュニケーション能力が高いという意味を説明しよう。


コネのない優秀な人が大手事務所に就職するためには、ロースクール1年目で非常に良い成績を取得し、大手事務所のサマーアソシエイトとして働くことが必要になる。サマーアソシエイトとして働いている時は、皆に気に入られるようにすることが重要である。間違っても、こいつは雇いたくないと思われるようなことをしてはいけない。

その後、アソシエイトとしてサマーアソシエイトとして働いた事務所に就職できた場合、複数のパートナーに気に入られることが重要である。気に入られるためには、そのパートナーが使いやすいアソシエイトになることである。使いやすいアソシエイトになるためには、仕事の質さえよければよいと言うものではない。パートナーからメールが来たら、直ぐに返事をし、何か頼まれたら、「喜んでやります」と引き受け、期限よりも少し早い時期に仕事を終わらせることが重要である。

如何に優秀であっても、パートナーに「あんた頭が悪いんじゃないの。分かってるの?そこ間違っているよ。」というような雰囲気が見られる接し方をしたら、NGである。パートナーのプライドを傷つけない、パートナーを快適な気持ちにさせるような接し方で、間違いを指摘できることも重要である。

また、クライアントに気に入られることも重要であるが、間違っても、パートナーが、「こいつ俺のクライアントを盗むのでは」と不審に思うような付き合い方をしてはいけない。少なくともその事務所にいる間は、「このクライアントはあなたのクライアントだと言うことを分かっていて、盗むようなまねはしません」という無言のメッセージを発信し続けなければならない。

さらに、1人のパートナーだけに気に入られて他のパートナーに気に入られないのもNGである。アメリカのクライアントは、日本企業のように、弁護士事務所について忠実ではない。法務部の部長が変わった直後に、他の事務所に仕事を頼むことにしたからといなくなることもある。その際に、他のパートナーに気に入られていなかったら、自分に仕事をくれる人がいなくなってしまう。そうすれば、要求される時間をつけることができなくなり、自分は真っ先に首を切られてしまう。複数のパートナーから気に入られて、仕事をもらえることが必要である。

同僚のアソシエイトにも気に入られておくことも重要である。3年~5年くらい大手法律事務所で経験を積んだ弁護士が企業のインハウス弁護士として就職することは多く、インハウスになった元同僚弁護士に気に入られておけば、将来、その会社が元同僚を通じて自分のクライアントになってくれる可能性もある。

また、パートナーや同僚弁護士に気に入られることは、将来、自分のいる事務所の雲行きが怪しくなった時に、直ぐに他の就職先を見つけるカギとなる。アメリカでは元一緒に働いていた弁護士から引っ張られて転職するというのが非常に多い。多くの元同僚弁護士と仲良くしておいて、定期的に連絡を取っていたら、そのうちの一人が、急に多くの仕事を引き受けて一緒に働ける弁護士をさがしているということもある。その際に、「そうだ、あいつを引っ張ろう」と思わせることが必要である。

加えて、日ごろからネットワークの重要性を認識して、どこからどんなクライアントさんがやってくるかアンテナを張っておく必要がある。そのためには、コミュニケーション能力の高さ、人からこいつには仕事を頼んでみたいと思わせるパーソナリティーが必要である。


優秀だけれどもコミュニケーション能力がゼロの人が弁護士になった場合にどうなるかは書かないが、容易に想像できるであろう。成功する可能性は非常に低い。


優秀だけれどもコネがない人は、コミュニケーション能力が非常に高い場合を除いて、弁護士になるべきではない。

2015年7月4日土曜日

ロースクールに行ってよい例外的な場合(アメリカ編)

前にロースクールに行ってもよい例外的な場合の日本編を書いたが、アメリカの弁護士とロースクールに行ってもよい例外的な場合のアメリカ編について話し合ってみた。
驚いたことに皆の意見は一致した。

ロースクールに行ってもよい人は、数多くのコネがある人である。

事務所とコネがあると言う意味ではなく、クライアントとなりそうな大手企業との何らかのコネがたくさんあることである。親や親せきを通じたコネでも良いし、自分自身のコネでもよい。クライアントになりそうな企業との強いコネクションのリストがあるかによって大手事務所で生き残れるかが決まるからだ。

そこで、こんな話を思い出した。

ある韓国の大企業のお偉いさんを親戚に持つ韓国人が、アメリカのロースクールを卒業してアメリカの超大手の事務所に就職した。今、アメリカの景気が良くなっているので、H1Bビザの年間の発行制限を大幅に上回るビザ応募があり、まず最初に抽選が行われて、その抽選に外れると、ビザ申請の手続きに進めない。つまりアメリカでは働けなくなる。しかし、その大手事務所のパートナー弁護士は、その韓国人に、ビザは大丈夫、こっちで何とかするからと言って、何をやったか分からないがビザを取得したというのだ。その事務所はその大手韓国企業の仕事を担当しているということだ。何としても、その大手企業のお偉いさんの親戚の韓国人を身内に引き入れたかったわけだ。


アメリカ型の法曹界では、コネがすべてである。

2015年6月16日火曜日

ロースクールに行ってもよい例外的な場合

以前に、Don't Go to Law School Unless という本(http://www.amazon.com/Dont-Law-School-Unless-Opportunity-ebook/dp/B009D13IA6)の話をした。非常に興味もあり、Reviewの星も多いので読んでみたい本ではあるが、忙しくて読む時間はない。ただ、この「Unless」の部分が気になってしょうがない。

アメリカのロースクールのUnlessの場合、つまり、ロースクールに行ってもよい場合はさておき、日本の法科大学院に関しても同じような本を書いたら、Unlessの部分はどうなるだろうかと考えた。

そこで、法科大学院に入学してもよい例外的な場合とはどんな場合かを書いてみたい。

以下のような場合が考えられるのではないか。

1. 親や近い親戚がクライアントを抱えている弁護士であり、親のクライアントを引き継げる場合
2. 親や近い親戚が上場会社の役員などであり、その会社が使っている弁護士事務所に頼み込めばそこに就職できる可能性が高い場合
3. 将来親や近い親戚の会社を引き継ぐ予定であるが、弁護士の肩書があった方が、他の役員の手前都合がよい場合
4. 親や近い親戚が政治家であり、その選挙基盤を利用して将来政治家になろうと思っている場合
5. 親が金持ちであるので働かなくてよいが、世間体を考えて、何かしらの身分が欲しい場合
6. どうしても東大に入学したいが、大学では東大に入学できなかったので、法科大学院で再挑戦したい場合
7. 経済的に裕福で働く必要はないが、弁護士として人権活動などを行ってみたい場合

そんなところだろうか。

超優秀な人は、予備試験を受験すべきで、法科大学院に行くべきでないのは言うまでもない。



2015年6月10日水曜日

英語専攻は大失敗!!!

法曹とは関係ないのであるが、日本で大学の英文科専攻で英語を学ぶためにアメリカに留学し、その後、いざ、アメリカで就職してみようとしたときに、英語が専攻ではアメリカで就職できないことを発見し、何を血迷ったかロースクールに行くという人、法律関係の翻訳家になろうとする人が結構いることに気づいたので、老婆心ながら、忠告しておきたい。

英語を勉強したいから大学で英文科を専攻するというのは、大失敗である。シェークスピアの文学を学びたいという理由で英文科で文学を学ぶのが目的であれば問題ないが、英語を学ぶことを目的として英文科を専攻すべきでない。

英語はあくまでも手段に過ぎず、最終目的ではない。
英語だけを勉強して将来何になるのだろうか、通訳者とか翻訳家になるのであろうか。
日常会話の通訳者や翻訳家などいらない。専門分野について、重要な会議等では通訳者も必要であるが、日常会話程度であれば、少し英語がしゃべれる人にちょっとお願いすれば良いだけで、職業として通訳をやっている人を雇う必要はない。翻訳も同じである。最近は、機械翻訳も性能が上がっているし、重要な文書とか、専門的な文書でなければ、翻訳家にわざわざお金を払って翻訳してもらおうという人はいない。

つまり、一定の専門分野に関して詳しいなどの事情がない限り、翻訳者としても通訳者としてもあまり活躍の場がないのである。

日本に住んでいる場合は、英語ができることで重宝がられるが、アメリカに住んでいたら、英語は話せるのが当然である。日本語が話せる人がアメリカの労働市場でどれだけ必要とされるかで就職できるかどうか決まる。バブル景気の時には、ビジネス目的から日本語を学ぼうとするアメリカ人は、多かったが、今や日本語を学ぼうとするアメリカ人の多くはアニメオタクである。日本のアニメをオリジナルの言語で理解したいという人である。つまり、アメリカで就職するのに日本語が話せることはほとんど役に立たないのである。

逆に、特定の専門分野についてアメリカ人でも必要とする知識と能力を持っていれば、少々英語が下手でも就職先がある。

将来アメリカで就職したいと思っている人は、英語専攻で大学に行くのだけは避けるべきである。アメリカで通用する専門分野を専攻とすべきである。



2015年6月1日月曜日

ニューヨーク州司法試験受験生に一言

アメリカのほとんどの州では司法試験の日程のうちの1日をMBE (Multi-state Bar Exam)という択一試験を取り入れている。午前3時間で100問、午後3時間で100問の合計200問を解く、択一試験である。

ニューヨーク州の司法試験を受験する人に、アドバイスを聞かれるといつも推薦している勉強方法がある。
それは、少なくとも試験の当日の2か月前から、前々日まで、このMBEの問題を毎日必ず、少なくとも30問できれば50問解いて、解説を読むことである。一日たりとも休むことなく、必ず毎日続けることである。そうすれば、頭が択一試験の頭になり、試験の当日までには、択一試験では、論文試験での点数不足を補える程度の点数をとれるようになり、司法試験合格すると。

このアドバイスをもう既に何人もの人にしたが、毎日択一問題を解き続けた人は合格し、さぼった人は合格していないようだ。

たった一言のアドバイスであるが、かなり効き目があるようだ。


2015年5月23日土曜日

新しい弁護士活用方法?

下記の記事を読んでいて、ふと思いついたことがある。
https://www.jimin.jp/news/policy/pdf/pdf163_1.pdf
私はどこかの政党を支持するわけでも、極端に言えば政治についてもあまり興味がある方ではないので、その点は、断わっておく。

ふと思いついたことは、この記事とはあまり関係ないが、国会議員と協力した新しい弁護士活用方法である。それも、両者の利害を一致させる活用方法である。

アメリカと日本の大きな違いは、個々の議員の秘書の数である。日本の立法は基本的にお役所が案を出すのであり、議員立法は本当に珍しい。たったの3人しか公設秘書が認められていなければ、議員が立法案を自分で国会に提出するなんてことは、通常無理である。
これに対して、アメリカの議員の秘書の数は膨大である。そのうちのかなりの人数が、ロースクールを卒業して司法試験に合格している。彼らは、ロービーストからこのような立法をしてほしいとの要請を聞いたりして、議員立法案を起案したりもする。

ここまでアメリカのロースクールの制度を入れたのだから、日本の公設秘書の数を増やすための法改正をするのはどうであろうか。その目的は議員立法を活性化させるためなので、増やす公設秘書は司法試験に合格して修習を修了していることを法律上の条件とするのである。たとえば、公設秘書の数は6人までとし、そのうち3人は司法試験に合格して、修習を修了していなければならないとする。

国会議員は、日ごろから、官僚に対して快く思っていない人も多いだろうから、議員立法を促す法改正は、国会議員にとっても弁護士会にとってもWin Winの関係になると、話を持っていけるだろう。

議員立法を促すことが日本にとって良いことかどうかは分からないが、ここまで崩壊し、人気が低迷した法曹界を活性化させるには、これくらいの思い切った活用方法が必要ではないか。


2015年5月21日木曜日

ロースクールには行くな!!!

同僚アメリカ人弁護士が、Don't Go To Law School (Unless)という本の話をしてくれた。
http://www.amazon.com/Dont-Law-School-Unless-Opportunity-ebook/dp/B009D13IA6

例外的な場合を除いてロースクールには行くなということが書いてある本だそうだ。アマゾンでも購入できる。

もう既に弁護士になっていて、多忙な人が読む本ではないが、これからアメリカのロースクールに行こう、特に、アメリカの3年のロースクールでJDの学位を取ろうと思っている人は、読むべき本だと思う。

同僚弁護士によると、アメリカの弁護士のうち10万ドル以上(1ドル100円で計算すると1000万円)の年収のある弁護士は、たったの12パーセントしかいないのだそうだ。つまり、88パーセントの弁護士は年収が1000万円に満たないのだ。それなのに、ロースクールを卒業するためには、学費だけでも4万ドル×3年間で12万ドルの投資が必要だ。つまり1ドル100円で1200万円である。その間の生活費なども考えると、ロースクールに行くために18万ドルくらい借金をする人が多い。1ドル100円で計算しても1800万円の借金である。円安で考えたら、2000万円を超える借金である。これほど借金を負っても、88パーセントの弁護士は年収1000万円に届かないのである。


つまり、例外的な場合を除いて、ロースクールに行くのは、採算が取れない。

ロースクールに行く前にこの本を読むことをおすすめする。

2015年5月16日土曜日

自国の弁護士資格を取っても無意味?

韓国の大学卒業後、アメリカのロースクールに留学して、アメリカの弁護士になったばかりの韓国人と話をした。韓国の弁護士資格は取得しようと思わなかったのか聞いてみた。すると、韓国の弁護士資格を取得しても意味がないし、無駄だと言っていた。

韓国人が韓国の弁護士資格を取っても無意味と平気で答えるのは、悲しいことだと思った。

日本のロースクール入学者は極端に減っているようだ。
このまま放置しておけば、日本で生まれ育った日本人が、「日本の弁護士資格を取得しても意味がないし無駄」と言って海外の弁護士資格だけを取得する日も近いのだろうか。もしかして、もう、そう言っている人もいるのではないか。

悲しいことである。

2015年5月11日月曜日

二世弁護士が有利な理由

アメリカの弁護士を見ていると、親が成功している弁護士である場合、その子供もある程度稼いでいる弁護士であることが多いと感じる。

アメリカのようなロースクールシステムは、二世弁護士にとって、本当に有利である。

弁護士業務にとって重要なのは、実務経験である。確かに、もともとの頭の良さもある程度は必要であるが、どんなに頭が良くても弁護士として豊富な実務経験を積めなければ、優秀な弁護士にはなれない。二世弁護士は、親の助けを借りることによって、豊富な実務経験を得られる可能性が非常に高いのである。

昔の日本では、司法試験に合格すれば、本人が望めばほぼ間違いなく就職先が見つかり、豊富な実務経験を得ることができた。それだけでなく、ボス弁や先輩弁護士から懇切丁寧に指導を受けることができた。親が弁護士の二世でも、まず難関の司法試験に合格することができず、ひどい場合には、親の事務所の事務局長のような形で手伝っているということもあった。

アメリカでは、平均かそれ以上の能力があれば、ロースクールに入学して司法試験に合格することは可能である。二世弁護士が誕生しやすい土壌にある。司法試験に合格した後に、二世であるかどうかは格段の差をつける。弁護士の数が多いことから、就職するのは至難の業である。能力があってもちょっとした歯車の狂いで就職できなくなることは多い。
しかし、二世弁護士は、親のネットワークを使って就職先を探すことができる。それがダメなら親の事務所に就職するという奥の手がある。

アメリカでは、弁護士の数が多く、競争も激しいので、新人弁護士を育てようとしない土壌がある。勝手に自力で学んでくるアソシエイトには仕事をやらせるが、自分で学べないアソシエイトは、仕事を与えられなくなって沈んでいく。

この点も二世弁護士は有利である。身近にいる親又は親の知り合い弁護士が懇切丁寧に指導してくれるのである。ロースクールでは学べない実務に関する知識が身についていく。

更に、二世でない弁護士の場合、いくら大手事務所に就職できたとしても、そこから、パートナーになれるか、アソシエイトとして続けられなくなり外に出されるかという難関を通過しなければならない。外に出されて、インハウス弁護士の仕事が見つかればよいが、そのまま沈んでしまう弁護士もいる。

この点、二世弁護士は、親のネットワークを使い上手に渡り歩くことや、親の事務所を引き継ぐなどすることが可能であり、二世でない弁護士と比較すると格段に有利である。

結局、二世弁護士の場合、弁護士になってから15年後に、実務経験を十分に積んでいる、ネットワークの広い、顧客のある弁護士に育っている可能性が二世でない弁護士と比較して格段に高くなる。


これらのことは、今後の日本の法曹界にも当てはまるのであろう。

2015年5月6日水曜日

弁護士になるのは、野球選手になるのと同じリスクを負っている?

大人になったら、野球選手になりたいとか、俳優になりたいと、幼稚園の子供が夢を語っているうちは、親はニコニコしながら見ているだろうが、高校生くらいになっても、同じように、野球選手になりたいとか、俳優になりたいなどと言い続けていたら、親は眉をひそめるだろう。

何故だろうか。

もちろん、野球選手で億単位の金を稼ぎ、アメリカのメジャーリーグで何百億を稼ぐ選手もいるが、それは氷山の一角に過ぎず、二軍から上がれないままとか、一旦野球選手になったとしても、怪我でプレーが出来なかったり、芽が出ず、辞めざるを得なくなるなど、私たちの目に触れない人たちの方が大多数だからだ。

俳優も同じである。一部の億単位の金を稼ぐ人がいる一方で、バイトをしながら、何とか食いつなぎ、売れる日を待って、オーディションを受け続ける人などが数多くいるのである。そして、一生そのままで終わってしまう人が大半なのである。

さらに、野球選手や、俳優を目指してしまったら、他に転職をする道が少なく、転向が難しいので、途中であきらめてもその後の生計を立てるのが難しい。


ふと、考えると、現在の弁護士業は、野球選手や、俳優と同じになってきているのではないかと思う。

確かに、年間億単位で稼ぐ弁護士は存在し、そのような弁護士が消えることはないだろうが、全体の割合からすれば、極わずかである。一方、半分以上の弁護士が、貧困状態か、弁護士会費を支払うのが重い負担だと思う程度の収入しか得ていないのである。

確かに、億単位で稼ぐ弁護士が少なからずいるので、平均はある程度の額になるが、それは弁護士が儲かる仕事という根拠にはならない。大成功している俳優と、バイトをしながら、チョイ役をこなして生計を立てている俳優を全部合わせて平均収入を計算しているようなものである。

弁護士になりたいと夢を語っている人は、自分はその半分以上を占める貧困弁護士にはならないと思い込んでいる。野球選手になりたいと夢を語っているのも、自分は特別な能力があって、稼げると思い込んでいるからであり、それと大差ない。

さらに、マチ弁として、クレサラや離婚事件を何年もやった後の弁護士は、他に転職する道がほとんどない。企業法務の経験がないからである。弁護士を諦めて、他のことをやろうと思っても、そのごの生計を立てるのが難しいのである。これも、野球選手や俳優と同じである。


弁護士になるということは、野球選手や俳優になるのと似たようなリスクを負っているのだということを認識していない人は意外に多い。

2015年4月28日火曜日

高額所得者層の弁護士は減少しないだろう

通常、他の方のブログに対して感想を述べることはないのであるが、これはコメントをしておきたいというものを見つけたので、一言述べたいと思う。

http://jsakano1009.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-e9c5.html

高額所得者層の減少が思ったほど見られないのは意外だ。まだまだ儲かっている弁護士も多いということだ。しかし、なにせ今後も大増員に伴う新規参入者が止めどなく入ってくるのだから、徐々に値崩れを起こして高額所得者層も減少していくだろう。

という部分である。

弁護士の数が増えたからといって、徐々に値崩れして高額所得者層の弁護士は減少することはないだろう。
最終的には、一部の高額所得者層の弁護士と、その他大勢の貧しい弁護士という構造が出来上がる。弁護士の質にばらつきが大きくなり、経験不足の弁護士も数多くいると言うことになれば、小規模な事務所が安くサービスを提供したとしても、安かろう悪かろうの推定が働く。失敗を極度に恐れる大手企業は、高度な法的問題に関しては、高くても大手で、優秀に見える経歴を備えた弁護士がウエブサイトにずらりと並んでいて、経験豊富で、弁護士ランキングで上位になる事務所の弁護士に仕事を集中させるのである。すると、そのような事務所の弁護士報酬は一向に下がらないのである。仕事が数箇所の事務所に集中すれば、他の事務所は同じようなケースについて経験を得られない。すると、経験弁護士の数は増えないので、結局同じ事務所に仕事が集中する傾向は強まり、大手事務所の弁護士報酬を下げるという市場原理が働かない。有名事務所の弁護士報酬がいくら高いとしても、安くやりますよっと宣伝する事務所に仕事を頼むという危険は冒せない。なぜなら、弁護士の質が下がって経験不足の弁護士が増えているからである。間違って、未経験の事務所に頼んで大失敗をしたら、法務部長が責任を取らされる危険もある。

一見すると堂々巡り状態に見えるが、これが現実である。この悪循環に陥ると高額所得者層の弁護士は減少しないのである。アメリカでは腐るほど弁護士がいるが、1時間に10万円以上請求するような弁護士がいるのである。大手事務所のパートナーのレートは1時間600ドルから800ドル程度である。それでも、大企業は小さな経験のない事務所に依頼できないので、それだけのお金を払っても大手事務所に依頼する。

これから弁護士になる人は、企業に通常に就職するのでなければ、一握りの高額所得者層の弁護士になれるか、それともその他大勢の貧乏な弁護士になるか、ギャンブルである。
自分は超優秀だから、絶対に高額所得者層の弁護士になれると、この業界に足を踏み入れるという過ちだけは決して犯さない方がよいだろう。

2015年4月22日水曜日

50時間のプロボノが必要?

ニューヨークの司法試験を受験した人が、「今、研修先の事務所の弁護士に混ぜてもらって刑事事件をやっているんです。」というので、「企業から派遣されているのに、なんで刑事事件なんてやっているんですか?」と聞くと、「今年から、ニューヨーク州で弁護士登録するには、50時間のプロボノをやらなければならないんです。なので、登録するためにプロボノとして刑事事件をやらせてもらっているんです」と答えていた。

この50時間のプロボノというのは、外国人(アメリカ人以外の人)にはかなり大変な要件なのではないか。何らかのコネクションがない限り、プロボノをやる機会などないような気がする。

これからは、「ニューヨーク州弁護士」と名刺の飾りのようにつけている人は減るのだろうか。

これから、アメリカのロースクールに留学する人は、プロボノとして何をやらなければならないのか、プロボノをやった証明はどうやって得られるのか、プロボノをやるためにどうすればよいのかなどを留学前から準備する必要があるのかもしれない。

2015年4月19日日曜日

競争激化はクライアントにとって何を意味するのか?

アメリカの弁護士を見ていると、弁護士業務という観点からは無駄が多い。つまり、弁護士は通常の弁護士業務に必要なこと以外に多くの時間とお金と神経を費やしているのである。

特に、弁護士の競争激化が原因ではないかと思う。
たとえば、20年前の日本の弁護士であれば、営業に費やされる時間とお金は、年賀状、暑中見舞い、適当にネットワーク会合に出席する程度ではなかったか。日本の弁護士であっても、今は、事務所のホームページや、パンフレットの作成、営業活動に割かれる時間やお金は圧倒的に増えていると思う。

アメリカの事務所が営業に割いている時間とお金は日本の事務所では考えられないほどである。

日本であれば、大手事務所と言われている事務所は5つしかない。コンフリクトの問題があるので、5つよりも少ない事務所がすべての日本の大企業の仕事を独占することは無理である。そこで、営業活動をしなくても大手事務所というだけで仕事が来ると言うことはあるだろう。

しかし、アメリカでは規模が100位の事務所でも、500人以上の弁護士が所属している。つまり、大手事務所だけでも、100以上を余裕で超える数あるわけである。競争は考えられないほど熾烈で厳しい。

そこで、営業活動に手を抜くことはできない。営業のためだけの部署にビジネススクールを卒業した人が働いている。既存のクライアントや、クライアントになりそうな会社の関係者に高級レストランで食事をごちそうすることは日常茶飯事である。事務所のウエブサイトを専門家に作成してもらい、パンフレット、販促品(事務所のロゴが入った備品等)を作ったり、外部の業者がやっている事務所ランキングで上位になるための色々な対策をとる等、金と時間がかかる様々な営業活動をしており、クライアントが支払っている弁護士費用がこのような営業活動を支えている。アソシエイト弁護士ですらは、普段の業務の他に、このような営業活動についても年間何時間か働くことを要求される。

弁護士の数が多くなると、必然的に儲かっていない弁護士が出てくる。クライアントは、儲かっていない弁護士は能力がないのかもと不安になり、依頼を控える可能性がある。そこで、一等地に立派な事務所を構えて、立派な応接室、会議室を備えることになる。この事務所は儲かっているんだとクライアントに見せるためである。

他の事務所との競争に勝つために、法曹界の有名人や、有名な元裁判官、連邦政府の重要な職に就いていた者を巨額の報酬を支払って雇おうとする。

営業に割く時間とお金はすべてクライアントの報酬から拠出されていると考えると、クライアントにとって、良いことなのだろうかと疑問に思わざるを得ない。

また、競争が激しいアメリカならではであるが、事務所内の他の弁護士も自分のクライアントを奪い去っていくかもしれない競争相手である。そのために、神経を使ったり、クライアントにとっては最善と言えないことが起こる。たとえば、ある弁護士から聞いた話であるが、ある女性弁護士は、自分でその訴訟事件を担当するより、他の弁護士と共同で仕事をした方がよいことは十分に分かっているが、そんなことをしたら、他の弁護士にクライアントを奪われてしまうので、すべて自分で仕事をしているというのだ。しかし、無理がたたって、突然死してしまったということだ。

ここでは名前をあげないが、同じ事務所内の弁護士同士の戦いが激しい事務所として有名な事務所もある。パートナーが互いに背中から刺し合っているような事務所もある。アソシエイトに直接クライアントに接しさせないようにするパートナー弁護士、仕事を細分化して全体像が見えないようにしてアソシエイトを使うパートナー弁護士の話も聞いたこともある。

また、競争激化によって、仕事を選ぶ傾向が強くなる。利益率の低い仕事は何らかの理由をつけて引き受けないのである。

このように見ていると、弁護士同士の競争が激化することは、クライアントにとって本当に良いことなのかと疑問を抱かざるを得ない。

2015年4月12日日曜日

弁護士を雇うのは一苦労

日本でもアメリカでも大きく分けて二種類の弁護士の求人がありうる。一つは、未経験者で、もう一つは経験者である。

未経験者を雇うのは、大いなるリスクである。使えるようになるかもしれないし、ならないかもしれない。弁護士という資格が簡単に取得できるアメリカでは、弁護士という資格を持っている人を雇ったからといって使えるようになるかどうかわからない。また、もし使えるようになったとしても、その途端に、もっと給料の高い事務所に移籍してしまうかもしれない。

そこで、大手事務所以外は、経験者を雇おうとする傾向が強い。しかし、適当な経験弁護士を見つけるのは一苦労である。
アメリカには弁護士が星の数ほどいるのだから簡単なことではないかと思うかもしれないが、それは大間違いである。
たとえば、ロースクールを卒業して司法試験に合格した人が、年間1万人いたと仮定しよう。しかし、ロースクールを卒業後にロースクールの新卒として、企業法務の実務経験を得られる職に就ける数が2000人だったと想定しよう。残りの8000人はロースクールを卒業した未経験者でしかない。彼らは翌年になっても翌々年になっても企業法務未経験者のままである。つまり、毎年未経験者を雇う大手事務所であっても、今年ロースクールを卒業した未経験者を雇うのであって、1年前にロースクールを卒業した未経験者を雇うことはないのである。

つまり、どんなに弁護士を増やしても、経験豊富な弁護士が増えることはないのである。経験を積むという重要な部分は、最初の就職という入り口で絞られてしまい、経験弁護士の数は増えないのである。

更に、経験を得る機会を与えられた2000人も簡単な司法試験を合格したというだけなので、必ずしも優秀な弁護士に育つという保証はないのである。たとえば、日本の旧司法試験くらい難しい試験に合格した人であれば、実務経験があれば、95%が優秀な弁護士に育ったのに、簡単な試験に合格しただけの人が実務経験を得ても70%しか、優秀な弁護士に育たないという感じである(パーセントは分かりやすいように適当な数字を入れただけである)。
つまり、弁護士になれるものを試験で厳選して2000人に絞っていれば、2000人のうち1900人の優秀な経験のある弁護士が発生したのに、司法試験を簡単にしたことによって、1400人の優秀な経験のある弁護士しか発生しない計算になる。

つまり、星の数ほど弁護士がいるために、逆に優秀で適切な経験を経た弁護士の数が少なくなり、経験弁護士を雇うのが難しくなるのである。皮肉な結果である。


2015年3月20日金曜日

クライアントも訴えられる❓

アメリカの法律関連のニュースを扱うサイトで、アメリカのある法律事務所が、クライアントが弁護士費用を支払わないとして、訴えたというニュースが載っていた。

弁護士報酬とプラス利息で、9ミリオンダラーを超えるとのこと。1ドル100円で計算しても、日本円で9億円を超えるわけである。弁護士報酬がこれだけの額になるというのも驚くが、以前クライアントだった会社を法律事務所が訴えるというのもアメリカらしい。

アメリカの法律事務所は、クライアントからの支払いが遅延した報酬債権について債権回収会社に売却してしまうことも多い。債権回収会社は容赦ないので、クライアントを訴えることもあるだろう。しかし、このニュースでは、法律事務所自らが元クライアントを訴えている。


アメリカの事務所に事件を依頼するときは、慎重にすべきである。事務所が大きければ、事件を担当してくれた弁護士であっても、報酬をコントロールできないことが多い。いつの間にか、多くの弁護士が事件に関与してきて、多額の時間をつけてしまうことがある。一旦、システムに時間がチャージされると、責任者のパートナーであっても、事務所の規則に従わなければ、ディスカウントすることができない。考えられない額の報酬請求が来たからと言って払わなかったら、債権回収会社から督促状が届くことになる。もしかすると、法律事務所から訴えられることもあるかもしれない。

2015年3月15日日曜日

アメリカで弁護士になろうとする人へ

日本の法曹界の魅力がなくなったことから、アメリカで弁護士になろうと思っている人もいるだろうが、そのような人のために、如何に現実が厳しいことであるか説明しておく。

まず、ずっと日本で育ってきた日本人がアメリカで弁護士として就職先を見つけるのは非常に困難である。日本で、アメリカでも知られているような大企業の法務部あるいは知財部で働いていた経験があり、ネットワークが広いという特性でもなければ、アメリカの法律事務所で就職先を見つけるのは、ほぼ不可能に近いということを念頭においてほしい。リーマンショック前の先輩の話などは真に受けてはいけない。現在の就職状況は極端に悪くなっている。今は、アメリカ人の弁護士ですら就職できないことが問題になっているのだ。日本語ができるという語学力は20年前ならまだしも今は売りにならない。英語がネイティブ並みであれば、日本語ができることは少しプラスになる程度だ。
また、上位20位以内のロースクールを卒業することは必須条件であることを忘れないでほしい。自分だけは違うと思ってロースクールの借金だけ背負って就職が見つからないアメリカ人が数多くいる中、自分だけは大丈夫という発想は非常に危険である。

次に、幸運にもアメリカの法律事務所に就職口を見つけられたとしても、的確な実務経験を積むのが非常に難しいということを念頭に入れておいてほしい。人が教えてくれるのを待っているような人はすぐに事務所から放り出される。パートナー弁護士も新人を教えるなどという面倒くさい作業はしたくないのである。事務所内に豊富にある資料や、一般で探せる資料を探し出し、自ら学んでいくような使い勝手の良い新人にならなければならない。パートナーも使い勝手の悪い新人には仕事をやらせなくなる。すると、新人は規定された年間の時間チャージの目標が達成できなくなり、首になる。また、複数のパートナーに気に入られる性格も重要だ。やはりパートナーも人間なので、お気に入りの新人に仕事をあげる傾向は否めない。
また、仕事の種類についても注意が必要だ。ディスカバリーのドキュメントレビューばかりやっていると、5年後、アワリーレートが上がったためにドキュメントレビューなどという新人向けの仕事をさせられなくなった時に仕事が回ってこなくなり、首になってしまう。その際、事務所内での経験がドキュメントレビューということでは再就職先を探せない。

ある程度、実務の経験を得られたころに発生するのは、自分のところに問い合わせをしてくる日本のクライアントをどうするかである。ここは非常に難しい問題である。あなたがまだアソシエイトであれば、そのクライアントはあなたの面倒をみているパートナーのクライアントということになる。このような時期になる前に、事務所内でのパートナー同士の勢力争い、派閥、力関係、パートナーの
性格などに関する情報を他の弁護士やアシスタントとのカジュアルな話しの中から日々入手し、自分にクライアントが来た時にどのパートナーに頼るのが一番自分に身の安全になるか考える必要がある。ここで、失敗すると、結果として事務所を移籍しなければならないこともある。

自分を信頼するクライアントが増えてきたとしても、自分のクライアントのケースの責任者のパートナーから自立して自分自身がパートナーになる時に、責任者のパートナーが邪魔をしてくる可能性もある。ここで、他のパートナーとも仲良くなってうまく事務所内ポリティクスを乗り切ってパートナーになるか、危険を承知の上で他の事務所に移籍して、クライアントがついてきてくれるのを待つか、パートナーになるのを諦めるかのどれかであろう。

もし、自分がパートナーになったとしても、今度は、同じ事務所の他のパートナーが自分のクライアントを奪おうとする可能性もある。これは、ある程度、事務所の文化にもよるが、パートナーがお互い、背中から刺し合っているような事務所もあるので、注意である。また、派閥文化があり、ある派閥の弁護士に仲間と思われないと、クライアントを取られる危険が高い場合などもある。

事務所の中でパートナーとなったとしても、自分の所属する事務所の経営状態が傾き、いつの間にか、他の事務所と合併せざるを得ない状況ということもアメリカでは珍しい話ではない。そうすると、今までやり方が変わって、事務所を移籍せざるを得ない状況も発生する。

これら数々の問題と戦い、戦い抜いて、1億円を稼ぐ弁護士になるのは、至難の業である。
ただ、そこまで行き着いた場合、一つだけ、日本でなくてアメリカの弁護士でよかったと思うことがあるだろう。それは、日本と比較すれば高額所得者の税率が安いことである。

2015年3月9日月曜日

今は昔

法科大学院が始まる前、ある大学の法学部で教えていた経験がある。

法科大学院の募集が始まった最初の年、私が教えていた大学の先生たちが、「うちみたいな大学の法科大学院に、あんなに優秀な学生がたくさん応募してくるなんて、本当に夢のようですね。」「そうですね。選抜するのが大変ですね。」と意気揚々と話していたのを今頃になって思い出す。記憶は定かではないが、彼らは、募集人数の10倍くらいの学生が応募してきていると話していたように思う。

当時から、法科大学院によって法曹界はとんでもないことになると確信し、マチ弁から足を洗おうと思っていた私は、このような会話を聞いて、「自分の予想が外れているのか?」と迷いを感じたが、最終的にはプラクティス分野を変更するための計画を実行した。

あの教授たちは今頃何をしていて、現在の法科大学院制度についてどう思っているのだろうか。彼らの大学の法科大学院は学生の募集停止に踏み切っている。

2015年2月23日月曜日

「被害者が悪い」は、日本人の価値観❓

日本人は、相手を責める前に、自分が悪かったのではないかと、自問自答をする人が多い気がする。アメリカ人は、自分は悪くなくて人が悪いと主張する人が多いので、とても対照的に感じる。

日本人のこのような価値観はそれ自体悪いことではないが、「自分」の範囲が広がることによって許容しがたい価値観が真剣に議論され始める。たとえば、「自分」の範囲が「日本人」に拡大されたとき、危険なところに自ら出向いてISISに殺された日本人の方が悪いのではないのかという議論をする人が発生する。ISISに殺されたアメリカ人も何人もいるが、危険なところに行ったアメリカ人自身の責任だという議論をアメリカ人から聞いたことがない。

これは、このような極端な議論に限られない。たとえば、自分の親戚が詐欺にあった時に、「そんなことに騙される方が悪い」という発想に達する日本人は多い。また、レープにあった時に「そんな恰好をして外を歩くのが悪い」というのはよく耳にする。

これは、日本人が訴訟を利用したがらない理由の一つにもなるのではないか。たとえば、訴訟を提起した時に親戚から、訴訟を起こさなければならないような状態にしたお前が悪い、と責められるのを恐れて、訴訟を起こせないとか、被害者が悪いという世間の目を恐れてレープや詐欺の被害者が警察に申告するのを控える理由にもなるのではないか。

このような日本人の価値観を認識したり、日本の制度の違いを認識すればするほど、弁護士の数が増えても日本で訴訟が増えることはあり得ないと再認識する。


参照





2015年2月15日日曜日

弁護士が多すぎると逆に選べなくなる❓

アメリカで自分のプラクティス分野とは全く異なる弁護士を探す必要性が発生した。結局知人の紹介する弁護士をいくつかあたることになりそうだが、これをネットで探したらどうなるだろうかと考えてみた。ネットで検索すると、その分野の弁護士は星の数ほど広告を出している。この中から選ぶなんて絶対に不可能である。
弁護士の能力経験は千差万別であり、ネットなんかで選んでとんでもない弁護士を選んでしまったらどうしようかと、不安になっていただろう。

日本でも弁護士が増えてインターネットのホームページを持っている弁護士も多くなり、弁護士にアクセスしやすくなり選びやすくなったというが本当であろうか、と考えた。
インターネットなんて人を騙すのに最適の場所である。実態がない会社を実態があるように見せたり、お金を支払って口コミ情報を書き込んでもらったり、お金を支払えば、ネット上の悪い噂などについては、検索エンジンで検索が難しくなるようにできるらしい。インターネットの情報を信用してよいのだろうか。
ビジネスに関心のある弁護士であればあるほど、魅力的なホームページに仕上げているが、それが実態と合っているかどうかは不明である。

弁護士の質のバラツキがひどくなってきたと言われれば言われるほど、インターネットで弁護士を探して会いに行くなんて、怖くてできないという気持ちになる。

これをきっかけに、コスコ(日本ではコストコというらしい)の戦略についてCNBCで紹介していた番組を思い出した。コスコの戦略は、良いものをある程度数を絞って置いておくということなのだそうだ。つまり、たとえばマヨネーズであっても、実際の市場には多数の会社が多数の商品を出しているが、それをマヨネーズだけで20種類も店頭に並べておいたら、客は選べなくなるので購買欲が落ちるのだそうだ。そこで、店の方で選別して種類を制限しておくと、客は選べる、つまり購入するようになるというのである。子供の玩具について、その選別過程も紹介されていたが、検討に検討が重ねられ、社員は真剣に選別作業を行っていた。何百種類もある玩具から店頭に並べる数少ない種類を様々な基準により厳密に選んでいた。

昔の日本では、弁護士の選択作業について、コスコで社員がやっていた選択作業を、国がやっていたのではないか。司法試験委員が真剣に作り出した試験問題で受験者の数を絞った後、ご丁寧に口述試験まで行って再確認をした後に合格させ、さらには、2年間の司法修習で、実務と社会を教え込んだ後に、法曹として外に出していた。確かに一旦、法曹としてお墨付きを与えた後は、管理をしていないので、10年後とか20年後に質が保たれなくなっていく弁護士もいないわけではなかったが、少なくとも最初の段階では選別作業を十分に行っていた。

しかし、今、弁護士の選別作業は、選別するのにどうすれば良いのか全く知識のない一般市民に任されている。

本当にこれで市民の弁護士選びが楽になったのだろうか?

2015年1月28日水曜日

銀座のクラブの女性とアメリカの弁護士は同じ?

一般的に、パートナーが弁護士の数が500人以上いるような事務所にパートナーとして移籍するためには、最低でも1ミリオンダラー、1ドル100円で計算して1億円のポータブルビジネスが必要と言われている。

ポータブルビジネスとは何?というのが、一般の方の疑問であろう。英語で書くと「portable business」つまり、お持ち運び可能なビジネスである。その弁護士が事務所を移籍したら付いてくるビジネス(クライアント)のことである。アメリカでは、10年以上の経験のある弁護士の移籍の際の価値はポータブルビジネスがどのくらいあるかで決まる。


日本人の社会人の男性に分かりやすいように説明すると、銀座のクラブで働く女性と同じ原理である。
銀座の高級クラブで働く女性も他のクラブからの引き抜きがあるが、引き抜きの際の女性の価値は、その女性を引き抜いて他のお店で働いてもらったら、その女性についている客の何人が、辞めたお店ではなく新しいお店に通うようになるかで決まる。これは、ポータブル・カスタマーといえるかもしれない。


アメリカの弁護士の移籍も基本的な原理は同じなのである。弁護士の市場価値は、その弁護士が移籍したらどれだけのクライアントが一緒に新しい事務所に移ってくれるかによって決まる。ヘッドハンターはポータブルビジネスを持つパートナーに移籍しないかと絶えず電話をかけてくる。

パートナーとして他の事務所に移籍する場合には、新しい事務所の規模によっても異なるが、最低でも1ミリオンダラー(1億円)のポータブルビジネスが必要と言われている。弁護士の数が1000人近くいるような大手事務所では、1億円でも足りないだろう。

ただ、アメリカ政府関係の知名度の高い職についていた弁護士資格のある人を事務所に迎える時は、1億円のポータブルビジネスが要求されない等、例外的な場合もある。

事務所を移籍して、ふたを開けてみたら、クライアントが新しい事務所についてこなかったというような場合、1,2年の間に更なるビジネスを持ってこない限り、パートナーは新しい事務所からお払い箱になる。

アメリカの大手事務所の弁護士が日本の大企業に対して猫なで声で必死に営業するのは、銀座のクラブの女性が猫なで声でお客さんに電話をかけたり、メールしたりするのと同じなのである。


2015年1月23日金曜日

パートナー同士の熾烈な戦い

小さめの事務所で実際にあった話として同僚から聞いた話である。

パートナーの一人(パートナーAとする)が、他のパートナー(パートナーBとする)のクライアントのケースとコンフリクトを生じる儲かる仕事を依頼された。パートナーAは、パートナーBがこの事務所にいる限りはこの事件を受任することはできないし、金が儲からないと考え、ある日、パートナーBの事務所のカードキーを無効にしてパートナーBを事務所から締め出してしまったというのだ。パートナーBは、ここで争っても得られるものはないと、さっさと他の事務所に移籍したようだが、そこまでして、コンフリクトを生じる事件を引き受けたかったのか、恐ろしい限りである。

そもそも、パートナーシップというのは、パートナー同士が協力し合うことで利益を増大させることを目的としているはずであるが、法律事務所がパートナー制度を採用しているのは、その目的ではない。個人事務所は信用されないとか、経費を節減して自分の利益を増大させたいとか、利己的な理由でパートナーシップを組んでいるようにみえる。
パートナー同士協力し合って一緒に営業活動をして、利益を分かち合ってと思っている弁護士はいるのだろうか。疑問に感じざるを得ない。

2015年1月5日月曜日

即独弁護士が受任すべきでない事件

手違いでKindleから購入してしまった「How to Start and Build a Law Practice」という本を読んでいたら、面白いことが書いてあったので紹介しよう。

基本的には、新人弁護士が即独立するために何が必要なのか、アメリカのロースクールを卒業した学生とロースクール在学中の学生向けに書かれている本である。その中に、新人弁護士が受任すべきでない事件の例が書かれていた。

まず最初に書かれていたのは、「あなたがそのケースの2番目または3番目の弁護士である場合」である。最初の弁護士が途中で辞任した、または解任されたのは、何かしら理由があるので、それを判断できないような新人弁護士は引き受けるべきではないというのだ。このようなケースは、勝ち目がないケース、クライアントが非協力である場合、クライアントが弁護士報酬を支払わない場合である可能性が高いからと言っている。これは、まさしく納得でき、日本でも通用する新人弁護士へのアドバイスである。

次に書かれていたのは、不法行為によって精神的な損害を被ったから訴えたいと言っているケースである。依頼者が金銭的な損害を被っていない場合には、引き受けるべきではないというのだ。これも納得である。日本でも当てはまる。特に、お金が目的ではなくて、相手に仕返ししたいから訴えたいと言っているような依頼者の事件を引き受けたら、新人弁護士にとってはアリ地獄に引き込まれるようなものである。

他には、最初に報酬をもらわない限り引き受けてはいけない事件としてリストされているのは、家の賃貸借に関する事件、借金まみれの人たちの離婚事件、刑事事件、破産事件である。これらのアドバイスも、日本で当てはまると思う。

アメリカらしいのは、Slip Falls(滑って転んだ類のケースをアメリカではSlip and Fallと呼ぶ)のケースについては、損害額が実質的にかなり大きい場合でない限り引き受けるべきでないというものである。

最後まで読んではいないが、この本は、即独する弁護士にとっては、たとえ日本の弁護士でも参考になる部分があるようだ。