2013年3月28日木曜日

弁護士が増えれば弁護士報酬は下がるのか?-その4


つづき

大手企業向けの事件が大手事務所、特に大手事務所の有名な一部の弁護士に集中する傾向にあるという話をしたが、働く側の弁護士も大手で働きたいという大手志向がある。

アメリカでは弁護士という資格に重みはない。大手事務所で働くパートナーという肩書きや、大手企業のリーガル・マネージャーなどという肩書きがあって始めて弁護士という資格に重みが出てくる。10年前の日本で「弁護士の〇〇です」と自分を紹介するだけで人が信頼してくれたのとは勝手が違うのである。「〇〇事務所のパートナーの弁護士〇〇です」と著名な事務所名のパートナー弁護士であると自己紹介をして始めて人が信用してくれるのである。事務所名が一種のブランドとなる。

また、大手事務所に大規模事件が集中するのであれば、大規模事件を手がけたいと思う上昇志向のある弁護士は大手事務所で働きたいと考えるだろう。

前述したように大企業の大手事務所志向が強いアメリカでは、あるパートナー弁護士の報酬レートが大手事務所では1時間750ドルだったとしても、その同じ弁護士が小さい事務所で働けば報酬レートが半分となることだってある。成功報酬で働いて欲しいと要求されることすらある。当然、弁護士の給料は半分以下になるだろう。弁護士業務をビジネスとして捕らえているアメリカの弁護士が、同じ仕事をして半分の給料になることを好むだろうか。すると、一部の他の動機のある弁護士を除いて、大手事務所志向が強くなる。特にロースクールを卒業するために多額の借金を負っている若手弁護士にとっては高い給料を出す大手事務所はとても魅力的である。

そこで、弁護士も大手事務所に職を求めようとする。

このように、大手クライアント、大規模事件、優秀な人材、すべてが大手事務所に集中するシステムが出来上がっているように思える。

この、大手事務所志向が、弁護士費用の増加を招く結果となる原因の一つとなっているのではないか。大手事務所は大手になるだけあって経営が上手である。経営の専門家を雇っている。下手に値下げ合戦などしないし、大手事務所の巨額なオーバーヘッド・コストを支払うためにも値下げはできない。また、大手事務所では弁護士の専門分野が細分化されすぎていて、複数の法律にまたがるような事件になると、各部門の専門弁護士が一緒になって仕事をする、つまり、多くのパートナー弁護士が関わることで、必然的に弁護士報酬が高くなるのである。

他にも弁護士報酬が高くなる原因として考えられることが色々あるが、長くなるので、割愛する。

現在日本は弁護士の数が増えて安い値段で引き受ける弁護士が出ているが、現在は過渡期であり、今後はどうなるであろうか。一般市民や小規模会社向け弁護士業務の報酬は下がるかも知れないが、大手企業向けの企業法務について報酬が下がり続けるかといわれれば、過渡期を過ぎれば、高くなる可能性も十分にあると言わざるを得ない。

現在は旧司法試験を合格した優秀だろうとの推定が働く弁護士が中堅弁護士として残っている。質が同じであると推定される弁護士が数多くいれば、企業は安い弁護士を使おうと考える。つまり価格競争に陥る。しかし、質が保証されない弁護士の時代に突入すれば、どうなるか分からない。安かろう悪かろうにならないためにも、高額な弁護士費用を支払ってでも優秀であろうと推定される大手事務所の弁護士を使わざるを得ない日が来るかもしれない。つまり、海のものとも山のものとも分からない安価で引き受けるといっている弁護士を使うのか、優秀であろうと推定される大手事務所の高額な弁護士を使うのかの選択を迫れられることになるだろう。
 
 











 

2013年3月21日木曜日

弁護士が増えれば弁護士報酬は下がるのか?-その3


つづき

前回、企業は大手事務所に依頼する傾向が非常に強く、その理由の根本にある前提は大雑把に考えると以下の二つあろうと述べた。

一つ目は、弁護士というだけでは何ら質が担保されているわけではない。つまり、弁護士の資格を持つ者の一部のみが優秀で質が良いこと。

二つ目は、弁護士としての経験を積むのが非常に難しいことである。つまり、OJTを受けることが非常に難しいのである。

二つ目の理由は一つ目の理由とも複雑に絡み合っている。大手事務所であれば、ある程度の質が担保されているだろうとの推定が働くので、大きな事件や企業にとって重要な事件は大手事務所に集中する。つまり、大手事務所に勤務していなければ、このような事件の実務経験を積むことができないのである。企業は新しい法律事務所を探すとき必ずといっていいほどする質問が、パートナー弁護士が過去にどのようなケースを担当したのかである。訴訟であれば、当事者の名前と裁判所名を具体的にあげてリストを提出してほしいと要求することもある。

ベテランの弁護士であっても小さい事務所の弁護士は、大企業に多い事件や実務を経験したことがない場合が多い。そこで、そのような事件特有の問題について実務経験がないことが一般的なのである。それにより、大きな事件等を依頼したい企業はそのような事件を処理した経験がある大手事務所を信奉する傾向に陥る。

アメリカで弁護士になるためには原則としてロースクールを卒業して司法試験を合格すれば足り、日本のような司法修習制度はない。弁護士になりたての頃は、実務はロースクールの模擬裁判で覚えたこと程度しか分からない。そこで、弁護士として成長するためには実務経験が欠かせない。しかし、その実務経験を経るためには、仕事がある事務所に就職して先輩弁護士から仕事をもらうしかない。もしアメリカで、日本で最近増えているという即独弁護士(弁護士資格を経て直ぐに独立する弁護士のこと)になったら、「先生は過去にどのような事件を担当されているのですか」と聞かれて答えられなくなるだけである。そのような質問をしない洗練されていない一般市民以外から仕事を得られる機会はないだろう。

鶏が先か卵が先か。大手事務所の弁護士であれば優秀なのではないかとの推定が働き、大規模な事件は大手事務所に集中し、大手事務所で働かなければ大規模事件や企業に特有の事件の経験を積むことができず、経験不足の弁護士には依頼できないと、企業が大手事務所に依頼する傾向がさらに高くなる。

そこで、大手企業の事件は大手事務所に集中しがちである。大手事務所で働く弁護士の数は全体の弁護士の数から考えれば10パーセント以下であろう。特に特定の専門で有名な弁護士など極わずかしかいないが、そこに依頼が集中するのである。すると、1時間1000ドルという日本では考えられないアワリーレートでもクライアントを集められる弁護士が登場する。
 

2013年3月13日水曜日

弁護士が増えれば弁護士報酬は下がるのか?-その2


つづき

何故、弁護士がこれだけ多いアメリカで、これほど高い弁護士報酬を請求し続けられるのかについては、色々考えているが、いくつか考えられる理由がある。

企業は大手事務所に依頼する傾向が非常に強い。その理由の根本にあるものは大雑把に考えると以下の二つあるのではないか。

一つ目は、弁護士というだけでは何ら質が担保されていないことである。つまり、弁護士の資格を持つ者の極一部のみが優秀で質が良い。

二つ目は、弁護士としての経験を積むのが非常に難しいことである。つまり、OJTを受けることが非常に難しいのである。

まず、一つ目の理由であるが、例えば、日本の司法試験の合格者が500700人であった頃は、司法試験に合格したということで、ある程度優秀であるとの推定が働いていた。そこで、司法試験に合格した弁護士のなかでさらに優秀な弁護士を探し出す努力をする必要性が低かったのではないか。

しかし、ロースクールを卒業すれば80パーセントくらいが合格する司法試験に受かりさえすれば弁護士になれるアメリカでは、弁護士というだけで優秀であるとの推定は全く働かない。自分のことを優秀だと言っている弁護士の割合は日本の弁護士と比較して格段に多いアメリカであるが、私の経験則からすると、優秀な弁護士はせいぜい10パーセント、多く見積もっても20パーセント程度である。つまり、80パーセントの弁護士資格保持者は優秀とは言いがたいのである。だから、依頼者は優秀な弁護士を自ら探さなければならない。ただ、弁護士が優秀かどうか判断するのは至難の業である。サービスと料理が良いレストランを探すのとは勝手が違う。弁護士である私ですら優秀なアメリカの弁護士を探すのは大変であると感じている。1年間くらい一緒に働いて初めて優秀かどうか判断できる程度である。企業では大手事務所に依頼すればある程度優秀な弁護士に依頼できるだろう共通の認識があるようだ。つまり、大手事務所は有名なロースクールを優秀な成績で卒業した新卒を雇っているし、大手事務所で残っていける弁護士は優秀であろうという認識である。企業の運命をかけるような仕事を小さな事務所に依頼して失敗でもしたら、それこそ依頼事務所を決定した者の責任になりかねない。そこで、弁護士報酬が高くても、企業は大手事務所に依頼する傾向が強い。

さらには、高額なアワリーレートでも依頼者が依頼してくる弁護士ということ自体からその弁護士が優秀であるのだろうとの推定が働くようである。だから、アワリーレートの高い弁護士が「あなたのためだけに少しディスカウントしますよ」というなら問題ないのであるが、最初から「私のアワリーレートは安いですよ」っと宣伝している弁護士は、能力にも問題があるのではないかと疑問を抱かれてしまうのである。必ずしも正しい推定ではないのだが、弁護士は自分のアワリーレートを下げたがらないのである。自分を安売りしないという強い信念を持っている弁護士も多い。しかし、高いアワリーレートでクライアントを獲得できなければ、食べていくためにアワリーレートを下げるしかない。

2013年3月6日水曜日

弁護士が増えれば弁護士報酬は下がるのか?-その1


アメリカには弁護士資格を持っている人の数は日本の弁護士の数とは比較にならないほどである。ニューヨーク州では年に2回、7月と2月にあるが、二つの試験を合計して1万人近くが合格する。これはアメリカ全土の合格者の数ではなく、1つの州に過ぎないニューヨーク州の合格者である。日本の人口の3倍弱のアメリカであるが、たった一つの州に過ぎないニューヨーク州で、日本全国の合格者の3倍を余裕で超える司法試験合格者を輩出している。

「これだけ弁護士の数が多ければ、弁護士間の競争が激しくなって、さぞ弁護士報酬が安くなるだろう」と思うかも知れないが、そんなことがないのが不思議である。大手事務所のパートナーレベルは1時間600ドルから1000ドル、アソシエイトレベルでも350ドルから550ドルと高額なチャージである。1時間1000ドルの弁護士であれば、1ドル93円で計算して、1時間93千円のチャージである。そんな高い弁護士に2日間で10時間働いてもらっただけで93万円のチャージとなる。

複数の大企業が被告として訴えられた際に、複数被告の有名な大事務所の弁護士たちが行った電話会議に出席したことがある。大手有名どころのパートナー弁護士が20人以上出席していた。二人の弁護士の出席が遅れ、少し待っていたが、一人のパートナーが「もう、待たずにはじめよう。こうやって待っているだけで、高額のチャージが無駄になってしまうのだから」っと会議の開始を提案した。

チャージは通常6分からつける。なぜなら、0.1時間は6分だからである。1時間800ドルの弁護士が20人、6分待てば、80ドル×201600ドルの無駄になるのである。6分で約15万円、1時間で約150万円である。

リーマンショックでパートナー弁護士のアワリーレートは少し下がったようであるが、それでも600ドル以上なのは変わらない。逆にアソシエイトのレートはリーマンショック以降少し高くなった気さえする。

何故、弁護士がこれだけ多いアメリカで、これほど高い弁護士報酬を請求し続けることができるのであろうか。